大切な人が亡くなった
別にブログに記載するようなことでもないかもしれないし
自分の胸に留めておけば済むことだ

しかしもしこの日記を自分が読み返す時があるとして
その時に大切な何かを思い出せる可能性をそこに望みたい
そのために書き記しておくことにする

歳をとることは必然的であり悲しいことと思い知らされる
それは自分が歳をとることによりおじさんになるとか
大切な何かを忘れるとかそんなことではなく
大切な人が次々とこの世を去っていくことに他ならない

時代に翻弄された理不尽な死
それでも結果論を語る言葉として運命ならば仕方ないことなのだろう

そして悔やむ
何も出来なかった自分に
何もしてやれなかった自分に
恩返しも出来ない出来なかった無力で甲斐性の無い自分に

私は無宗教者だ
家では先祖から信仰しているある宗教があるが家族の心も無宗教である
しかし私は輪廻転生を信じる
理論的にも生まれ変わりを否定できないし何よりもそれを望んでいる

願わくば来世でまた会いたい
だからさよならは言わない
決まって私はこう思い伝える

また会いましょう と
幼少より育ててくれた第二の父親へ
明日現世での最後の対面を

コメント

karth
2010年9月18日16:36

何のために行うのか
誰のために行うのか
そして
自分は自分のために存在し
自分に関わる全ての人の為に存在する
この機会に考えてみるよいだろう

ただ1つだけ
これだけ思われてる貴方の父親は幸せだったろう

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